茶山台新聞

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あたたかい暮らしがここに。沖縄から来た私が、茶山台の一員になった理由。

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個性豊かな人々が住み、どこかに行けば誰かと話せる。茶山台は、そんなあたたかい場所です。18歳まで沖縄にいた私が今、こんな素敵なところで暮らせているのは、すごくラッキーなことだと思っています。

自分で言うのもなんですが、私には人に恵まれる運があります。茶山台で出会えた人々の存在も、私がそう思える根拠のひとつです。

個性豊かな人々が集まる「16棟マルシェ」。始まる前にみんな集合!

 

茶山台との出会い

私は、エイサーと音楽とスポーツが盛んな沖縄市に生まれ、2020年、大学進学を機に大阪へやって来ました。1人きりで挑戦したいと決意した上阪でしたが、家族や友人、何より大好きな沖縄から離れる寂しさで、来たばかりの頃はそれはめちゃくちゃ泣きました。

大阪には何度か来たことがあったのと、関西弁で授業を受けるのが楽しそうというだけで、数ある都道府県の中から大阪を選びました。今考えても浅い理由です。

茶山台のことを知ったのは、大学での授業中。私が現在所属している「NPO法人SEIN(以下、SEIN)」の宝楽さんが担当教員を務め、まち歩きや「16棟マルシェ」でのヒアリングをもとに、茶山台団地でどんな取り組みができそうかを考えるというものでした。

90分の座学より、まちを歩いて、目で見て、話を聞いて、全身で体験できる地域連携の授業が好きだった私は、なかでも多世代が笑顔で賑やかに過ごす茶山台のありようにすごく感動したことを覚えています。(大学のHPに、当時の様子が載っていました!)

2022年の16棟マルシェにて撮影したポラロイド写真!

その授業を終えた後も、誘われたらとりあえず行ってみるフットワークの軽さが自慢の私は、泉ケ丘駅前で開催しているマルシェイベント「つながるDays」の当日スタッフ、夏休みの宿題サポートボランティア、茶山台としょかんの「としょ係」といった役割をもらい、茶山台で過ごす時間が何かと増えていきました。

私の名前を練習する子……今は小学生になりました。

特に、茶山台の子どもたちと過ごす時間はものすごく楽しかったです。本気でトランプをしたり、1億円あったら何をするか真剣に考えたり、学校のことや好きな子の話を聞いたり。「ひめこさん!」とキラキラの笑顔で呼ばれるのが本当にうれしくて、就職活動中には、この子たちが私を忘れて大人になっていく未来を想像しては、勝手に悲しくなっていました。

そんななか、本当にラッキーなことで声をかけていただき、「SEIN」への就職が決まります。ふらふらと楽しいことばかりして大学時代を過ごした私が、茶山台に住んで、茶山台で働くことになりました。

そして2025年の3月。少し年季の入った部屋で「ジブリの世界のような丁寧で温かい暮らしをするんだ…!」と妄想しながら、茶山台団地での生活がスタートしたのでした。

 

茶山台のここが好き!

「茶山台のここが好き!」について考えると、イベント・おいしいもの・景色……など色々と思い浮かびますが、やっぱり一番は「人」だと思います。

私は「やまわけキッチン」や「茶山台としょかん(19棟集会所)」など、団地内で仕事をすることが多く、住民さんとおしゃべりも日常です。団地内で出会う方は、私より何十歳も年上の場合がほとんどで、皆さんの人生経験や知識を聞いて学んだり、世代間ギャップや地域ギャップに驚いたり、毎日おもしろい体験をしています。

「こんにちは!」と挨拶したり、一緒におしゃべりしたりしていると、「笑顔が素敵」「あなたに会えて嬉しい」「いい目をしている」などと急に褒められることがあります。私は人の言葉をまっすぐ受け取るのでしっかり照れますが、「いやいやそちらも…」と褒め返しながらお礼を伝えています。

「家で何食べてるの」と、私の健康を気遣ってくれる方もいます。私が「料理大好き♪」というタイプではないことを皆さん知っていて心配してくださるのが、「愛だなあ……」といつもしみじみしています。

やまわけキッチンでは、おしゃべりしながら一緒にご飯を食べて、笑って、お腹も心も満たされます。

また、茶山台に来てから、何かをいただくことがものすごく増えました。たくさん作ったからと、ケーキ、ジャム、サンドイッチ、さんまの生姜煮などのお惣菜、ブドウ、柿、みかん、バナナ……などなど、よく出会う住民さんや家のお向かいさん、スマホ相談に来られる方など、皆さんからお礼をしきれないほど色々いただきます。

「もうお腹いっぱい」と言っても、「もっと食べて」と言ってくれた沖縄の祖父母を思い出しながら、私の健康は皆さんに支えられているなと思うと、感謝の気持ちでいっぱいになります。

ところで、私は数年前からある7人組のアイドルを推しているのですが、「こんな推し活をしているのは私だけなのでは!?」と感動したこともあります。

ある日、編み物が得意な住民さんに私の推しのぬいぐるみを見せると、そのアイドルのことを知らないのに、ぬいぐるみにぴったりの帽子や服を編んできてくれるのです。

そして、「DIYのいえ」へ行くと、ある住民さんが完ぺきな推し活棚を作ってくださいました。推しに会いに遠くまで行かなくても、ご近所さんが私の推し活に協力してくれるような、ご本人にその自覚はなくても、皆さんのおかげで私の部屋や持ち物、なんなら気持ちも充実していくような、おもしろい出来事でした。私の好きな物を「共感」まではいかなくても、普通に受け入れてくれている感じが心地よいのです。

茶山台に関わり始めて、まだ3~4年。住んで1年の私ですが、茶山台が色々な場面で褒められていると、すごく誇らしく思います。毎日どこかで笑い声が聞こえること、暮らしを楽しんでいる住民さんがいること。助け合いやおすそわけが日常を支え、茶山台の未来を考えて活動している方が多いことが、茶山台団地の大いなる魅力だと感じています。

私もそこに関わる一人として、皆さんと一緒に、このあたたかい暮らしを続けていきたいです。

この記事を書いた茶山のひと

プロフィールページ

長堂姫子NPO法人SEIN 職員

沖縄市出身。大学の授業で茶山台団地の人々に出会い、その活気と笑顔の多さに魅了され、「NPO法人SEIN」に就職。茶山台団地の一員として、人の温もりを感じられる暮らしが続くように、活動を行っている。沖縄にいる甥とのビデオ通話が最大の癒し。

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