茶山台新聞

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「しれっとそこにいる存在でありたい」岡村卓哉さんが紡ぐ、日常に寄り添うさりげない福祉のかたち

木

火曜日の朝、茶山台団地の一角から聞こえる笑い声。その場所には、香り豊かなコーヒーの香りが漂います。ここは、茶山台団地内にある「みんなのほけんしつ」。地域住民の「健康」を考えるというテーマで始まったほけんしつの取り組みは、今年で2年目となりました。

その場所で、月に2回、「出張カフェ」を開いているのが、特別養護老人ホーム「グランドオーク百寿」の施設統括主任であり、社会福祉士の岡村卓哉さん(34)です。

岡村さん:施設の中で待っているだけでは、見えてこない人がいる。お元気なうちに出会って、お話して、顔見知りになっておきたいんです。

そう語る岡村さんが出張カフェを始めたのは、コーヒーを提供するためではありません。

岡村さん:何気ない会話の中で、ふと悩み事がこぼれたり、助けが必要な状況に気づくこともある。それが支援の第一歩になることもあるんです。

出張カフェの場には、住民同士の会話や笑い声がたえず溢れています。そして、その活動の中には、岡村さんが社会福祉士として歩んできた経験と、「自分にできることを最大限に」という思いが込められているように感じました。

「外に出ていく」ことで見つけた福祉の本質と自分にしかできないこと

大学卒業後、大阪市内の老人ホームでケアスタッフとして働き始めた岡村さんは、当初から「施設の中で待っているだけでは、手を差し伸べられる人には限りがあるな」と感じていました。

岡村さん:施設の中には、介護福祉士や看護師、管理栄養士などの専門家がたくさんいます。だから、入居することができれば、利用者の方々はある程度安心して過ごせる環境が整っているはず。でも、そのつながりにすら届いていない、見つけてもらえていない人たちもたくさんいるはずなんです。

だからこそ、そのつながりにすら届いていない人たちを支援するような活動をしていきたい。そんな思いをもちながら、岡村さんは、地域とのつながりを広げる活動を模索していきます。

岡村さんが「外に出ていくこと」の大切さを強く実感したのは、2018年、岡山を襲った豪雨災害でのボランティア活動でした。その時、社会福祉士として参加したのは「傾聴ボランティア」と呼ばれる活動。被災地の住民の話に耳を傾け、心のケアを行うものでした。

岡村さん:でも、実際に現地に行った時、あまりの事態の深刻さに、自分からは何も話せなかったんです。むしろ、被災された方々が『来てくれてありがとう』とか、『大変やったでしょ』なんて、逆に気を遣っていただいた感覚でした。

そう振り返る岡村さんは、被災地で明るく振る舞う住民さんたちの様子を見ながら、あることに気付いたといいます。

岡村さん:現地でたくさんの方の被災の状況を知りながら、前向きに活動される人たちを見ていて、みんな、表向きは明るく、元気に見えるような人でも、本当は、抱えている辛さがある、ということに気づきました。そんな中で、自分にできることって何だろうと考えた時、自分と話す時間だけでも、辛さやしんどさを忘れて、心が少し軽くなるような存在になれたらいいな、と。そして、その人たちは決して、施設の中だけにいるわけではない。だとしたら、自分は自ら外に出て行って、その人たちと出会いたい。そんなスタッフが施設の中にいたっていいんじゃないかと、思いました。

岡村さんにとって、この経験は、「自ら外に出ていくこと」の大切さ、そして、今後の社会福祉士として、一人の人間として、自分はどうありたいかを考えさせる出来事となりました。

外に出ていきたい思いから始まった「オークカフェ」そして、まちかど保健室の「出張カフェ」

被災地から現場に戻ったあと、すぐに話をしたのが、所属している「グランドオーク百寿」の施設長である山口さんでした。

元々、山口さんの「地域に開かれた福祉施設を目指したい」という言葉に共感した岡村さん。被災地に行く前までは、施設の中で利用者さんや施設を探されている方の相談にあたる業務をメインで行っていました。

岡村さん:施設の中で待っているだけではなくて、外に出ていける、地域に貢献できるような仕事がしたい。そんな想いを素直に山口さんに話した時に、グランドオーク百寿なら、その想いを形にできる環境が整っているよと言ってもらえて。それで、今までの施設内の相談と並行して、施設内にある『オークカフェ』に入って、店頭に立たせてもらうようになりました。

オークカフェは、グランドオーク百寿の1階に設置されており、「お茶や休憩ができる場所がほしい」など、住民からの声を反映して開設されたカフェです。ランチやデザートを提供し、グランドオーク百寿の利用者さん以外でも、誰でも利用できる場所として地域住民の方々から愛されています。

そして、そんな岡村さんの想いが実を結び、月に数回、茶山台団地内にある「茶山台ほけんしつ」にて、出張カフェを行うことが決まります。

「茶山台ほけんしつ」は、住民の健康や介護、子育てに関する悩みを気軽に相談できる地域の支え合い拠点です。岡村さんが担当する出張オークカフェは、まさにその取り組みの一環として、住民同士や専門家との新しい交流の場を作り出す役目を担っています。

しかし、岡村さんは、出張カフェを行う中で『自分の肩書きを全面に出さないこと』を何よりも大切にされているのだそう。

岡村さん:専門職として、あるいは施設の相談員として話をすると、住民の方も構えてしまいますよね。そうではなく、もっと身近な存在として自然に寄り添いたいので、あえて、肩書は隠しています(笑)目的は介護相談ではあるけれど、表向きは普通のカフェとして、コーヒーを飲みにきてもらったり、話をしてもらうだけで、僕は嬉しくて。とにかく日常の、何気ない話ができる関係性づくりが、何よりも大切だと感じています。

地域に寄り添うひとりとして、岡村さんの願いとは

茶山台団地での出張カフェ活動を通じて、一人ひとりの話に寄り添う中で、「自宅で最期まで暮らしたい」という住民の願いを改めて強く感じたという岡村さん。

岡村さん:住民さんはみなさん、当たり前ですが自宅で最期まで過ごしたいと話されます。グランドオーク百寿では、入居者さんに自宅と思っていただけるように様々な取り組みをしています。ただ本当の自宅にはなれないことが多い。だからこそ日々の悩みや問題に早く気づき対処していくことが大切で。皆さんがお元気なうちから顔見知りの関係になっておくことで、些細な変化でも気付けたり、相談しやすくなったり。必要な時は福祉資源と結びつけることができる。早め早めに対処をしていく。その延長線上で、自宅で最期まで過ごすという皆さんの願いをかなえることに繋がればいいなと本気で思っています。そしてもしも自宅を離れないといけないとなった場合も、岡村君がいる所(施設)ならと、安心して選んでいただけたら嬉しいなと思います。

岡村さんの願いは、施設の利用者さんを増やすことだけではなく、住民さんの本当の想いに寄り添うこと。支援者として目立つ存在になるのではなく、困った時に「しれっとそこにいる」存在でありたいといいます。

岡村さん:自分が主役ではなく、住民の方々が安心して暮らせるよう、そっと寄り添い続けたいんです。

岡村さんは今後、出張カフェの活動を茶山台全域や他の地域にも広げたいと考えています。

岡村さん:『コーヒーを飲みながら気軽に話せる場所』があることで、住民さん同士の交流も生まれ、些細な日常の変化に気づくことができます。何より、僕が一番元気をもらっていますね(笑)

今は茶山台団地だけですが、茶山台全域や、他の地域にも、この活動が広がっていけばいいなと感じています。グランドオーク百寿は、地域密着型の施設です。茶山台に長年住んでおられた方が住み慣れた地域、自宅でずっと過ごせるようにお手伝いしていきたい。これは施設の考えでもあるんです。

また、自分一人で「介護の仕事のイメージ」を変えることはできないですけど、この業界には熱い想いを持った人がたくさんいて、誰かの力になろうと日々全力で頑張っている人たちがいます。もっとその魅力も、外の人たちに伝えていけたらいいなと思っています。

インタビューの終わりに、出張カフェに毎回参加されている、参加者のお一人にお話を聞くと、こんな素敵な言葉が返ってきました。「ここにくると、みんながいて、たわいもない話ができる。これが楽しみで、また次も来ようって思ってね。その時まで頑張れるの。」

そのときの、本当ににこやかな、楽しそうな雰囲気に、こちらまでつられて笑顔になってしまうほど。「住民さんが、僕に元気をくれるんです」という岡村さんの楽しそうな、幸せそうな表情を見ながら、なるほど、この出張カフェは、住民さんにとっても、岡村さんにとっても、1日の活力を与えてくれる場所になっているのだと感じた瞬間でした。

「僕みたいな施設のスタッフがいたっていいんじゃないか」と語る岡村さんの姿勢は、福祉の常識にとらわれず、自分に何ができるかを真剣に考え抜いた結果たどり着いたものなのでしょう。その姿は、同世代の私や、日々迷いながら過ごしている人たちの背中をそっと押してくれる、力強さと優しさに満ちていました。

この記事を書いた茶山のひと

プロフィールページ

まつやまちなみ団地ライフラボat茶山台

NPO法人団地ライフラボat茶山台のコーディネーター。鳥取県出身。大阪の人たちの陽気で明るい雰囲気に惹かれ、20代から上阪。その後、千葉県・宮崎県と場所を転々としながら100人シェアハウスで暮らし、出産と同時に30歳で大阪に戻る。ひょんなことから茶山台団地に出会い、緑の多さやコミュニティがある豊かさに惚れ込んで住民になる。「団地=大きなシェアハウス」と自分なりに定義し、そこに住む人たちとの交流や温かなつながりを大切にしながら暮らしている。

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